スタンレー・ホーとは何者か?What is Stanley Ho

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マカオの伝説は何を思う
 マカオの中国返還という現実問題が迫るにつれ、周辺は騒がしくなっていった。構想こそあれど、一国二制度になるという保障はいまだなく、香港の資本家同様、「共産党に没収されるか、公私共同経営になるのではないか」と各界人士が囁き始めたからだ。1982年、何賢の仲介によりホーは鄧小平と面会し、一国二制度の必要性を直談判している。
 マカオが特別行政区になることを確信したホーは、70歳を前にしても攻める姿勢を崩さなかった。マカオ政府が認めるカジノ、競馬、ドッグレース、賭博船のすべての経営権を手中に収め、マカオ半島とタイパ島を結ぶマカオ友誼大橋を開通させ、マカオ国際空港に20億ドルを投じマカオ政府に次ぐ2番目の株主になるなど、着々と世界進出の礎を築いていったのである。
 東南アジアやイランでも賭博業を開業し、1990年には北朝鮮の金正日を口説いて、北朝鮮唯一の外国人向けホテル「高麗ホテル」にカジノバーを作るという偉業を成し遂げる。まさしくその姿は覇王であり、1995年にポルトガル皇太子から国民に贈る最高の栄誉である大十次勲章を授与されたことからも、それは疑いようのない事実だった。
 世界進出を進めるホーだったが、お膝下である90年代後半のマカオ経済は厳しいものとなる。アジア通貨危機により観光客が伸び悩んだことと、返還前の縄張り争いのためマフィア抗争が活発化し治安が乱れてしまったからだ。実は92年にホーはカジノの請負制、つまりはカジノのフランチャイズ制度を推進し、お金を出す者に自らのカジノを任せるという方針を取っていた。そうすることで老体に鞭を打たなくても安定したカジノ収入が見込めると算段していたのだが、マフィアの抗争を生み出す温床になっていたことは皮肉としかいいようがない。
 マカオ返還、マフィアの抗争、経済停滞、このような状況下にあって注目を集めたのが、2001年に満期を迎えるホーの独占経営権への対応であった。かつての仲間である霍英東が、「治安悪化は請負制を導入したホーにある」と非難するなど、独占経営権を複数競合方式に改正すべしとの声が大きくなると、ホーは焦った。
 2000年、鄧小平からバトンを譲り受けた江沢民国家主席と会談する機会に恵まれたホーは、賭博独占経営の維持を説き、江沢民から「大陸のいかなる機関、部門、中国資本企業がマカオ賭博業に参入しない政策をとる」という天の声を聞き出すことに成功した。
 しばらくすると、中央政府は新たにゲーミング業ライセンスを3社に発給することを打ち出した。たしかに江沢民は約束を守った。彼は中国資本の参入を禁止すると公言したが、外国資本の参入を禁止するとは一言も言っていなかったからだ。ホーは「猶光が生きていてくれたら」とうなだれたという。驚くほどに聡慧だった猶光に可能な限りの帝王学を注ぎ込んでいたホーは、彼が自分以上の後継者になると信じて疑わなかった。複数競合方式の決定を下したのはかつての盟友・何賢の息子であり初代マカオ特別行政区行政長官・何厚鏵だった。
 猶光がいれば請負制にすることもなかっただろうし、何厚鏵ら二世たちとのネットワークも構築しただろう。覇王と言えど、時代の流れと寄る年波には打ち勝つことができなかった。
 しかし、カジノ王スタンレー・ホーはまだ終わっていない。六社の一つMGMの代表者はパンジー・ホー。メルコ・クラウンの代表者はローレンス・ホーである。その名の通り、ホーの血を引く者たちを配置することで、複数競合の中でも勝ち頭になろうというわけだ。
 御年98歳になったスタンレー・ホーは、まさしくマカオの生きる伝説である。ホーは4人の妻との間に、17人の子どもを設けている。天文学的な財産と権益の継承をめぐる争いは熾烈を極めているという。

 ホーは語る、「私が最初にこの仕事を引き継いだとき、人々にこう言った。私の会社が単なるギャンブル業者にすぎないと考えるのは誤りだ。私はマカオに繁栄を、そして市民により多くの福祉とより良い生活をもたらすよう取り組むと約束した。その約束をすべて果たせたことを嬉しく思っている」。
 人間は年齢を重ねたとき老いるのではない、理想をなくしたとき老いるのである。ホーがマカオで誰よりもお金を生み出すことができたのは、ホーがマカオで誰よりもマカオを愛していたからかもしれない――。



写真:丸山剛史

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弘崇我妻

ライター
1980年北海道帯広市生まれ。東京都目黑区で育つ。日本大学文理学部国文学科在学中に、東京NSC5期生(ピース、 平成ノブシコブシ、ラフ・コントロールなど)として芸人活動を開始する。2年間の芸人活動ののち大学を中退し、 いくつかの編集プロダクションを経てフリーランスのライターとなる。現在は、雑誌・WEB・広告問わず、幅広い媒 体で執筆活動を展開している。著書に、 消費者目線でキャッシュレス社会の歩き方を提案した『お金のミライは僕た ちが決める』、 働きながら旅に出かけ、その経験を日常・仕事にフィードバックさせるスタイルを掲揚した『週末 バックパッカー』(ともに星海社新書)がある。

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